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014: 見張り番

エゼキエル書33:1~9
「次のような主のことばが私にあった。「人の子よ。あなたの民の者たちに告げて言え。わたしが一つの国に剣を送るとき、その国の民は彼らの中からひとりを選び、自分たちの見張り人とする。剣がその国に来るのを見たなら、彼は角笛を吹き鳴らし、民に警告を与えなければならない。だれかが、角笛の音を聞いても警告を受けないなら、剣が来て、その者を打ち取るとき、その血の責任はその者の頭上に帰する。角笛の音を聞きながら、警告を受けなければ、その血の責任は彼自身に帰する。しかし、警告を受けていれば、彼は自分のいのちを救う。しかし、見張り人が、剣の来るのを見ながら角笛を吹き鳴らさず、そのため民が警告を受けないとき、剣が来て、彼らの中のひとりを打ち取れば、その者は自分の咎のために打ち取られ、わたしはその血の責任を見張り人に問う。人の子よ。わたしはあなたをイスラエルの家の見張り人とした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。わたしが悪者に、『悪者よ。あなたは必ず死ぬ。』と言うとき、もし、あなたがその悪者にその道から離れるように語って警告しないなら、その悪者は自分の咎のために死ぬ。そしてわたしは彼の血の責任をあなたに問う。あなたが、悪者にその道から立ち返るよう警告しても、彼がその道から立ち返らないなら、彼は自分の咎のために死ななければならない。しかし、あなたは自分のいのちを救うことになる。」

クリスチャンとして、私達は神の真理、神の律法、神の来るべき裁き、そして神の恵み深い救いを知っています。それを通して、主は、私たちクリスチャンを、周りの人たちの神への侮辱に警告を与え、彼らにキリストの救いの「良い知らせ」を伝える見張り番とされました。私達は、私たちが宣べ伝える福音に、人々がどのように反応するかに対しての責任はありません。しかし、福音の証拠となることを怠るなら、私達は罪があるといえます。ヤコブ4:17には「こういうわけで、なすべき正しいことを知っていながら行なわないなら、それはその人の罪です。」と書いてあります。もし私たちが他の人を愛するなら、私たちは彼らに警告を与え、良い知らせを彼らに伝えるのです。