イエスは私と共にいる : 落ち込んでいるとき {パート2} from Mustard Seed Osaka on Vimeo.

スモールグループのレッスン:

憂鬱、困難、弱さは試練の一時的な時季としてやってきます。しかし、多くの人々は私たちの身体とこの世が天国で神によって新しくされるときまで決して終わることのない困難と闘いつづけます。パウロもまた継続的な困難に苦しんでいました。彼はそれを肉体の「とげ」というふうに言及しました。  

第二コリントの手紙12:7−10を読みましょう。  「また、その啓示があまりにもすばらしいからです。そのために私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました。それは私が高ぶることのないように、私を打つための、サタンの使いです。このことについては、これを私から去らせてくださるようにと、三度も主に願いました。しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」    

私たちの多くは、私たちの肉体から消え去らないとげに苦しんでいます(憂鬱、病気、慢性的な病気、挑戦的な関係、返済の終わらない借金、愛する人の死など)。あなたの人生のとげはなんですか?それはどのように神にあるあなたの喜びと希望を盗もうとしてあなたをおびやかしていますか?    

私たちの人生のとげを癒し、助けてくれるよう神様にお願いすることはよいことです。しかし、時折神様は私たちの祈りに「ノー」や「まだいまではない」といった答えを与えることがあります。パウロや、そしてイエスでさえ、神様の愛から来る「ノー」を経験しました。いままであなたは祈りの答えで神様から「ノー」という答えを与えられたと感じたことはありますか?    

神様自身が私たちにとって充分であることを示すために、神様は「ノー」と言われることがあります。とげ、痛み、そして弱さというのは私たちが神様に歩み寄り、その力に頼るよう導くために神様によって使われることがあります。 ですが、私たちの罪深い心は神様にあって満足しない傾向にあり、神様以上の安堵や癒しを求めようとします。これは偶像礼拝です。もしあなたが何かに誘惑されるとき、以下の空欄をどのように埋めますか?「_______さえあれば(さえできれば)、私は幸せになれる」 

毎日の生活の中で、あなたは神様との霊的に健康な関係よりも、自分の身体的、精神的、社会的健全さを優先しますか?具体的な徴候はなんですか?  

神様はすべての物事を私たちの良いことのために働かせると約束されています。神様はさらに、まわりの人達に慰めをもたらすために私たちの困難を使うこともあります。  

第二コリントの1:3−11を読みましょう。  「私たちの主イエス・キリストの父なる神、慈愛の父、すべての慰めの神がほめたたえられますように。神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。私たちがあなたがたについて抱いている望みは、動くことがありません。なぜなら、あなたがたが私たちと苦しみをともにしているように、慰めをもともにしていることを、私たちは知っているからです。 兄弟たちよ。私たちがアジヤで会った苦しみについて、ぜひ知っておいてください。私たちは、非常に激しい、耐えられないほどの圧迫を受け、ついにいのちさえも危くなり、ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、私たちはこの神に置いているのです。あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです。」    
まわりの人達に神様の慰めを与えるために利用できる、痛みの伴う経験はなんですか?どのようにあなたはそれをしますか?