スモールグループの勉強:
ヨハネ20:11~16を読みましょう。 「しかし、マリヤは外で墓のところにたたずんで泣いていた。そして、泣きながら、からだをかがめて墓の中をのぞき込んだ。すると、ふたりの御使いが、イエスのからだが置かれていた場所に、ひとりは頭のところに、ひとりは足のところに、白い衣をまとってすわっているのが見えた。彼らは彼女に言った。「なぜ泣いているのですか。」彼女は言った。「だれかが私の主を取って行きました。どこに置いたのか、私にはわからないのです。」彼女はこう言ってから、うしろを振り向いた。すると、イエスが立っておられるのを見た。しかし、彼女にはイエスであることがわからなかった。イエスは彼女に言われた。「なぜ泣いているのですか。だれを捜しているのですか。」彼女は、それを園の管理人だと思って言った。「あなたが、あの方を運んだのでしたら、どこに置いたのか言ってください。そうすれば私が引き取ります。」イエスは彼女に言われた。「マリヤ。」彼女は振り向いて、ヘブル語で、「ラボニ(すなわち、先生)。」とイエスに言った。」 
 
イエスのマリヤの人生で最も悲しい日でした。しかし、イエスが蘇った時、その暗闇は光へと変わりました。イエスの復活は、神がすべての悲しい出来事を正される始まりです。

すべてのクリスチャンにとって、死は終わりではありません。私達も永遠の命へとよみがえらされます。

第一コリント 15:20-23を読みましょう。  「しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。」  

イエスは最初のイースターである日曜日によみがえりました。イエスはまた戻ってこられ、すべてのクリスチャンを永遠の命へとよみがえらされます。

死、永遠、そしてキリストの再臨について現実的に考えるのは大事なことです。このスモールグループのなかで、私たち自身の死について深く考える時間を取ってみましょう。

もしあなたが死ぬとしたら、家族や友達のためにどのようなメッセージを残したいと思いますか?ここで5分取って、あなたが死んだあとに家族や友達が読む手紙を書いてみましょう。

この手紙の内容は、秘密にしてもいいです。もしあなたが構わなければ、あなたが書いたことの幾つかをグループにシェアして下さい。

クリスチャンは、私達自身の葬式を通して、イエスにある良い知らせと希望を証することが出来ます。私達は友達や家族に、私たちが信じていることが私たちの人生に置いて最も重要なものであり、イエスは生きているので、死はイエスに希望を持っている者によって終わりではないということを伝えることが出来ます。個人的に時間を取って、以下の自分自身の葬式に関する質問に答えてください。

自分の葬式で、どのようなことを言われたいと思っていますか?
自分の葬式で、どの歌を歌って欲しいと思っていますか?
自分の葬式で、どの聖句箇所を読んで欲しいと思っていますか?

もし構わなければ、あなたの答えをグループにシェアして下さい。

イエスは生きておられ、イエスのうちにいる私たちも永遠の命を持つので、神様を讃えましょう。